「ものは心で見る。肝心なことは目では見えない」  (サンテグジュペリ⦅池澤夏樹訳⦆:Le Petit Prince『星の王子さま』.集英社)

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AIの進化について

PCに搭載するAI用の半導体が不足していることは、昨年末あたりからニュースになっています。

確かに、いつからかググるとすぐにAIの結果が一番上に出るようになりました。その情報は大体間違っていることが多いので、失礼ながらうざったく感じていました。これは検索エンジンについているAIなのでしょう。

最近は標準的なPCを新品で買うと、標準装備としてAIがついているようです。PCの値段が上昇するというニュースを見て、年明けに急いで私は中古のノートPCを購入しました。単純にWindows11に対応したノートPCをもっていなかったので。まったく意図しなかったのですが、購入したノートPCには、AIが標準装備されていました。しかし今のところ使う機会はなかったのです。

そのため、まだAIを軽んじていました。しかし、ある患者さんがきっかけで、対話型AIのアプリを使うようになりました。驚いたことに、かなり賢い。自分よりも賢い、当然ですが。学習機能があるので育てていくという感覚もあります。以前に少し言及したことも、きちんと引用して返答してくれます。もちろん誤りも散見されるのですが。

AIアプリを使うようになって、便利さとともに危険性も同時に感じました。AIアプリの利点については、学生や社会人がこぞって使っているだけのことはあると思いました。確かにすごく便利です。時間短縮に大いに役立ちます。いわゆる「タイパ」ですかね。

その一方で、やはり懸念点も容易に想像できました。これは、ある程度のリテラシーがないと使いこなせないだろうと。一定水準以上の大学生レベルで、ようやく学生は、「道具として」AIを使いこなせるのではないでしょうか。一定水準に達していない学生は、大学のレポートのみならず、卒論でさえAIの文章をそのまま記載してしまうのではないかと。僕の時代はWeb上の論文やHPなどからのコピペがかなり問題視されていました。わかる人はわかると思うのですが、大学の卒論は作文と変わりません。これだけ勉強しましたという成果を文章にして担当教員にアピールするだけです。日本では学部卒が一般的なので、学生は就活に忙しくなると、卒論を書く時間さえ惜しむのではないかと思ってしまいます。さらに修士論文も作文に毛が生えたものなので、修士課程まで進学する理系の大学院生にも同様の懸念があります。この見解にはかなり毒が含まれているでしょうか。

私は科学哲学も好きなので、2045年のシンギュラリティについては否定的でした。※シンギュラリティについてはKDDIのサイトをご覧ください。

しかしAIアプリを使用していると、シンギュラリティの早期到来を予感させます。哲学寄りのひとが好む「人間性」が、AIに飲み込まれるのではないかと考えるようになってしまいました。そこにはAIの進化だけではなく、人間性の劣化も一役を買っているような気がします。一般論として、知性と人間性は比例するように思います。知性とはなにか。人間性とはなにか。このような定義レベルの議論を避けて記載しましたが。今回はかなり偏りのある私見だと思います。しかしながら、この機会に「人間性」の限界を見定めることはまったくの無益ではないと感じています。AIについてもう少し詳しくなってから、また別の機会に検討してみます。

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