思い返すと2010年くらいより前は、目の前の人間関係に神経をすり減らしていたように思います。
目の前の他者(両親、兄弟、友人、先輩後輩、上司部下、先生など)に認められることが最も重要でした。彼ら/彼女らに認められることによって、他者から愛情をもらうことができていました。
しかし今や、あなたの対象希求(もしくは対人希求)は「目の前の他者」にとどまらず、SNS上にいる「向こうの他者」にまで及んでいます。愛情を目の前の他者ではなく、まだ直接会ったことのない他者に求めるようになりました。
多くの人はあまり気づいていませんが、人は愛情をもらって生きているのであり、どこからか愛情をもらわなければ生きていけません。これは乳幼児も子供も学生も大人も老人も同じです。
話を戻すと、SNS上で「継続的に」愛情をもらうことは難しいように思われます。その対象が「向こうの他者」であり、一時的に愛情をもらえるかもしれません。「いいね」や肯定的なコメントがもらえれば、わかりやすく愛情をもらえます。これを巷では(SNSでの)「承認欲求」というみたいです。ちなみにリンク先は組織社会学からみた承認欲求の一論です。
より本質的な心理学的用語では「愛情希求」といえます。愛情をどこから得るかは、長年の人間のテーマでしょう。現時点での私論では、社会参加しながら色々なところから少しずつ愛情をもらうのが一番いいのではないでしょうか。一つの資源からの愛情供給に頼りすぎると、その対象を喪失したときに詰んでしまうような気がします。またこの話はどこかでしようと思っています。